「実家と縁を切る」
そう聞いたら、みなさんはどんな印象を持つでしょうか?
親と大喧嘩した?
兄弟と揉めた?
ありえないでしょ!
それとも
よほどのことがあったんだろうか???
そう思ってくれる人もいるでしょうか?
「親と絶縁するなんて、相当な覚悟なんだろうな」
そんなふうに思う人も多いのではないでしょうか。
私自身も、以前ならそう思っていたと思います。
でも、実際に自分が「絶縁状」を受け取ってみて分かったことがあります。
家族との縁って、そんな簡単に切れるものではない。
そして、場合によっては、
「縁を切った」のではなく、「縁を切られて、ようやく解放された」
という思いになることもあるんだな、と。
実の兄弟から、絶縁状が届きました
実の兄弟から、私に絶縁状が届きました。
しかも、私だけではありません。
同じタイミングで、他の兄弟にも送られました。
きっかけは、実家のお金の問題。
ある兄弟から、
「実家のお金を使い込んでいるんじゃないか?」
と聞かれたことでした。
私は、その兄弟と後に絶縁状を送ってきた兄弟の間に入ったのですが、それが自分の敵になった!と認定されたようです。
そこから、連日のように罵詈雑言のLINEが届くようになりました。
私だけではなく、私の家族に対しても「覚えてろ」などの脅し文句。
怖かったです。
LINEを見るだけで手が震えるようになりました。
私は、10年以上実家に通っていました
私は、もう何年も、いえ十年以上になります。
実家から、
「困っている」
と言われるたびに通っていました。
年老いていく母を見ていられなくて。
介護のようなことをしたり、ご飯を作って届けたり。
無償です。
むしろ、自分のお金や時間を使いこんで通っていました。
子どもが小さい頃から、毎日決まった時間に実家へご飯を届けなければいけなかったんです。
時間の拘束もあり、
自分の生活も家族の生活も、ずっと制限されていました。
それでも、
「親が困っているから」
と思っていました。
そして、実家で何か問題が起きるたびに、私が間に入っていました。
兄弟が怒れば私が宥める。
親と兄弟が揉めれば私が間に入る。
誰かが困れば私が行く。
いつの間にか、私は「実家の問題をなんとかする人」になっていました。
でも、実家のお金の問題が表に出た
問題になったのは、実家のお金でした。
絶縁状を送ってきた兄弟は、親と一緒に実家に住んでいます。
以前から、親のお金を使って遊んでいることは知っていました。
他の兄弟も知っていました。
ただ、それでも仲違いしないように、私たちなりにやってきた。
ところが、親のお金を借りるようになり、さらに
ある出来事をキッカケに、他の兄弟から
「親のお金はどうなっているの?」
という話になりました。
すると、
「親に使うお金は死に金」
「自分が使うお金は税金対策になる、生きたお金」
親に使うお金がないから借りる・・・と言い出して。
……え?
親のお金がない?あれ?あの時に使っていたお金は?数日ほど、定期的に遊びに行ってたよね???
と聞けば、
「あれは、俺が使う生きたお金の使い方」
……。
それは親のお金じゃないの?
私は、どうなってるか聞いた兄弟の気持ちも分かります。
そりゃ聞かれても仕方ないよね、と。
だって、そういう状態だったのだから。
でも、そのことを言った途端、後に絶縁状を送る兄弟は激怒しました。
そして、私は実家に行けなくなった
それまで、どんなに揉めても私は実家に行っていました。
親がいるから。
ご飯を届けなければならないから。
何かあったら困るから。
でも、連日の罵詈雑言。
私の家族に対する脅し。
「親が死んだら覚えてろ」
そんな言葉まで届くようになりました。
怖くなりました。
本当に、何をするか分からないと思いました。
とうとう、実家に近寄れなくなりました。
そして、他の兄弟からも、
「家の鍵をちゃんと閉めておいたほうがいい」
「何かあったら警察を呼んで」
と言われました。
兄弟に対して、そんなことを言うことってあるんだ……と思いました。
でも、それくらい周りも危険を感じていたんですよね。
そう、信じられないけど
そんな気性の人なんです。
「介護を手伝えなくて申し訳ない」
私は最後に、その兄弟へLINEをしました。
「脅しが怖すぎて、実家に近寄れない」
「介護を手伝えなくて申し訳ない。元気でいてください。」
そう伝えて、ブロックしました。
その後、その兄弟は私のことを他の兄弟に色々と言っていたようですが、他の兄弟は全部聞き流してくれました。
そして、
「もう接触しなくていい」
「今まで全部やってくれた」
「もう実家にも近寄らなくていい」
「ありがとう」
と言ってくれました。
その言葉を聞いたとき、
「ああ、もう私はあそこに行かなくていいんだ」
と思いました。
半年後、絶縁状が届きました
それから半年ほど経った頃。
内容証明で、絶縁状が届きました。
弁護士事務所の名前が入っていました。
私はそれを持って、無料相談の弁護士さんのところへ行きました。
すると、
「これ、弁護士事務所の名前を勝手に書いているだけだよ」
と言われました。
よく見ると、弁護士事務所の名前が書いてあるのに、住所は実家。
私はそこまで気づいていませんでした。
そこまでして私を脅したかったのか。
そう思うと、驚きました。
そして弁護士さんからは、その絶縁状自体も、これまでの脅しの証拠の一つになり得ると言われました。
でも、私は怒っていませんでした
不思議なんですが。
絶縁状を受け取ったとき、私は「許せない!」という気持ちにはなりませんでした。
もちろん、怖かった。
悲しい気持ちもありました。
でも、それ以上に、
「これで、もう行かなくていいんだ」
という気持ちがありました。
そして数年経った今。
恐怖も、悲しみも、ほとんどなくなりました。
残ったのは、
「解放された」
という感覚です。
絶縁されたことで、私は自由になった
毎日、実家にご飯を届けなくていい。
兄弟が揉めるたびに、私が飛んでいかなくていい。
親戚や近所との問題を、私が宥めなくていい。
兄弟の機嫌を気にしなくていい。
何か起きるたびに、
「私が何とかしなきゃ」
と思わなくていい。
時間も。
お金も。
自分の家族との生活も。
本当に自由になりました。
そこで初めて、
「私、こんなに縛られていたんだ」
と気づきました。
親に会えないことだけは、やっぱり寂しい
もちろん、何も思わないわけではありません。
母には、絶縁状が届いてから数年の間に2度会いました。
父には、直接会えていません。
でも、お正月には他の兄弟がテレビ電話で繋いでくれて、顔を見ることができます。
遠くに住んでいる家族なら、普段はなかなか会えないことだってありますよね。
そう考えると、
「絶縁されたから、親とは二度と会えない」
という状況とは少し違うのかもしれません。
ただ、私からは連絡しません。
連絡を取ったことが絶縁した兄弟に知られると、両親が怒られたり、年老いた親が、その兄弟の機嫌や鬱を受け止めなければならなくなるからです。
そして、私から連絡が来ないようにと、母も望んでいると感じています。
だから、今はこの距離でいいと思っています。
数年後、私は後悔するのかな?
以前、他の兄弟に聞いたことがあります。
「このまま親に会えないまま、もっと時間が経ったら、私は後悔するかな?」
すると、
「後悔しないと思うよ」
と言われました。
「もう、やれることはやったでしょ」
「こっちは心配しなくていい」
「もう自分の家族のことだけ考えていいから」
と。
その言葉には、本当に救われました。
もちろん、親が亡くなったとき、
「もっと会えばよかったかな」
と思う瞬間はあるかもしれません。
それは分かりません。
でも、
未来の後悔を避けるために、今の自分や自分の家族を犠牲にする必要はない
とも思っています。
私は、もう十分やりました。
「絶縁」って、本当にできるの?
そもそも、私は「絶縁状」というもの自体を、少し不思議に思っています。
兄弟が、
「今日からお前とは絶縁だ!」
と言ったところで、法律上、兄弟という関係が消えるわけではありません。
戸籍から兄弟が消えるわけでもない。
親が亡くなったときに発生する法的な権利まで、「絶縁状を送ったから」と消えるわけでもありません。
つまり、
法律上の「絶縁」という制度があるわけではない。
でも、
「連絡を取らない」
「会わない」
「関わらない」
という人間関係を作ることはできます。
だから私は、
「絶縁」というより、「連絡しない関係」
くらいでいいんじゃないかな、と思っています。
そして、ちょっと皮肉だなと思うこと
絶縁状を送った本人は、今でも私のことを思い出しては怒っているそうです。
それを聞いたとき、
「……なんだか、すごいな」
と思いました。
絶縁したいほど嫌いなら、忘れてしまえばいいのに。
私はもう、ほとんど怒っていません。
恨んでもいません。
むしろ、
離れることができたことに感謝しています。
絶縁状を送られなかったら、私は今でも毎日実家に通っていたかもしれない。
親のために。
兄弟のために。
「私がやらなきゃ」と思って。
だから、ある意味では、あの絶縁状が私を解放してくれたのだと思っています。
家族だから、無理して付き合わなくてもいい
「親と縁を切るなんて!」
そう言う人もいると思います。
「親なんだから」
「兄弟なんだから」
「家族なんだから」
きっと、そう思うのが普通なのかもしれません。
でも、家族だからこそ、距離が必要なこともある。
家族だからこそ、無理をしてしまうこともある。
そして、
「連絡しない」という距離の取り方があってもいい。
完全に憎み合う必要もない。
恨み続ける必要もない。
法的に関係を消す必要もない。
ただ、
「私はもう、あなたの問題には関わりません」
「私は私の家庭を大切にします」
それだけでいい。
私は今、親を恨んでいません
親にも、特に思うことはありません。
他の兄弟とも仲良くしています。
そして、絶縁状を送ってきた兄弟とも、今は関わっていません。
それだけです。
昔は「家族」というものを、もっと一つの塊のように考えていた気がします。
でも今は違います。
家族だからといって、全員と同じ距離で付き合う必要なんてない。
近くにいる家族もいれば、
たまに顔を見る家族もいる。
連絡を取らない家族もいる。
それでも、血縁や過去が消えるわけではありません。
「絶縁」ではなく「自分の人生に戻る」
私にとって、あの絶縁状は、
家族との縁を切られた手紙というより、
15年以上続いた「家族のために自分を犠牲にする生活」を終わらせるきっかけ
だったのかもしれません。
親に会えなくなったことは、もちろん寂しい。
でも、それ以上に、
自分の時間が戻ってきた。
自分のお金が戻ってきた。
自分の家族との時間が戻ってきた。
「今日は実家に行かなきゃ」と考えなくていい。
誰かの機嫌を気にしなくていい。
誰かが怒っていても、私が飛んでいかなくていい。
そんな生活になって、私は初めて、
「ああ、私はずっと頑張っていたんだな」
と思いました。
そして今は、
絶縁されたことを恨むどころか、
「あのとき離れることができて、本当によかった」
と思っています。
家族だから、切らなきゃいけない。
家族だから、仲良くしなきゃいけない。
そんな二択じゃなくていい。
ただ、
「連絡しない関係」
それでいい。
今の私は、そう思っています。
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